旅行中のPhotoやお絵かきなどをアップするぞぉ~、なのでこのblogをスタート♪ パンとRoquefortチーズが大好きな私がご飯と魚を毎日食べたい相方と出会い、まずは2010年南仏でのバカンスから...


by kyo_youpi2010
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タグ:修道院/Abbaye ( 6 ) タグの人気記事

ステンドグラス


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フォンフロワド修道院:L'abbaye de Fontfroideのステンドグラス『キリスト賛美』は斬新なデザイン。

フォンフロワド修道院にはパズルのようなステンドグラスがいくつかあり、宝石をちりばめられたように美しく幻想的で癒し効果満点でした。助修士/助修女達の共同寝室に設置されたこの四枚のステンドグラスの光がやすらぎを与えていたのだろうと思います。

でもなぜこんな小さなガラスの破片で作られているのか...と思ったら意外な理由。 1914年から1918年に起きた第一次世界大戦の爆撃でフランスの教会や修道院のステンドグラスは粉々に破壊されました。その中で比較的大きな破片を、北や東のいくつかの教会で拾い集めて、新しいガラスと組み合わせて作成したそうです。下の四枚がそのステンドグラス。
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Le vitrail de ce haut de page représente "la glorification du Christ", il est surprenant originalité.
Les quatre vitraux suivants sont les fenêtres du dortoir des convers, ils sont très beaux comme des bijoux. Ils nous indiquent les particularités des puzzles réalisés avec des débris récupérés de cathédrales ou d'églises du Nord et de l'Est de la France bombardées en 1914-1918.
by kyo_youpi2010 | 2016-05-27 17:40 | France | Comments(0)

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入り口が2つあるグラースの修道院の一つでサント・マリー修道院側

早速、ラグラースの修道院へ出かけてみました。少しは早めに到着したので近くの墓地を見て回りました。下の写真に写っているお墓は古いものと思いきや、古いお墓に最近亡くなられた方の埋葬時に増設されたもので歴史があるものでなかった...。
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さてラグラースの修道院の入り口は2つあるのでどっちから入るのか?建物はつながっているので大きな入り口のサント・マリー修道院に入ったら、こちらは午後からしか見学ないと言われ、隣のラグラース修道院の入り口から入り見学開始...。あら~つながっているのに一旦外に出ないとダメなのね...。
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ラグラースの修道院は13世紀に小さな中庭を囲むように建てられたサント・マリー修道院付属の宿舎。中庭に面した廊下を通って1階にある大きな食料保存庫とパン焼きのを見学。
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上が食糧庫で、下が通称『パン屋』。
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2階まで吹き抜けの礼拝堂にも寄りましたが床も何もかも取り払われて工事中。
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大きな階段から2階に上がると500㎡の広さの共同寝室が改修中で、天井はまるで横隔膜のような木の梁と石積みの造りで西側に尖塔アーチの小窓が...。
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さらに奥には大きな暖炉のあるお部屋もありました。
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一番気に入ったのは中庭に面したロマネスク様式の木柱のバルコニーでしょうか...。1階部分の幾何学模様が彫られた石柱頭が2階部分のバルコニーを支えて美しい造りでした。
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いったんお昼を食べてから、サント・マリー修道院を見学。こちらはローズ砂岩らしいのですが、見た目は黄色に輝く美しく立派な建物でブドウ葉の色が映えます。
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建物の中庭にある回廊を歩いていくと、突き当りに13世紀に建築された教会があり、丁度修道士達が聖歌の練習中でした。
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11世紀の教会の交差廊は廃墟と化していましたが、3つの連なる小聖堂はロマネスク様式。16世紀建築が開始された鐘楼は未完成のまま...。そこから外に出ると良く手入れのされたお庭に出ることができました。逆光でしたが左から、鐘楼・小聖堂・教会の3つの建物をスケッチ。※下の写真
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※オルビュー川の渓谷に築かれた小さな村の修道院の歴史
ラグラースの修道院が起源は8世紀の終わり、ネブリディウスと彼の同志達が渓谷に定住して生まれたのがラグラス修道院のはじまりです。779年1月19日にフランス・カール大帝は修道院の源となる憲章(※書類はカルカソンヌの保管センターに保存)を発し、彼の支援で最初のロマネスク様式の小さな修道院が建て替えられ、9世紀~10世紀には驚くほど発展。その力はスペインにも影響を及ぼすほど大規模なものでした。それに伴い司教が権力を握るようになり、教会では贅沢三昧。
しだいに人々は純粋な教義を求めるようになり、東方のマニ教の思想の影響を受けたカタリ派の教義が修道院でも採用されました。カタリ派の影響でこの地方の人口も増加!!!※何故なのか?と思った方はネットで調べてね。南フランス諸侯たちもカタリ派に寛大で、カタリ派に改宗する諸侯も現れるほどでした。それを指をくわえて見ているわけにはいきません。正統派ローマ・カトリックは、この異端派の増大を食い止め&改宗させるために『アルビジョア十字軍』を編成して1209年に南フランスに送り込みました。
フランスの国王も王権に服従しない南フランス諸侯たちを長年苦々しく思っていたので、屈服させるために『アルビジョア十字軍』側に協力。結果は『アルビジョア十字軍』の圧勝に終わり、南フランスにおけるカタリ派への異端審問が何年も続いて完全に撲滅。南フランス諸侯たちは敗北したことでフランス国王の支配が強まりました。
修道院は13世紀には絶頂期を迎えますが、14世紀の黒死病ペストの流行で、ラグーサの人口が10分の1になってしまいます。16世紀に修道院の大規模な改修と鐘楼の建築が開始されたましたが、鐘楼は未完のままで終わっています。17世紀に入るとこの修道院はサンモール修道会のベネデッィクト派になりました。1618年サンモール修道会・ベネデッィクト派は、200近くのフランス修道院や国王の力のもとで改修工事を始めました。さらに1760年にはローズ色の砂岩を用いた美しい回廊も設けられました。
フランス革命時の1792年に修道院には14人の若い修道士が生活していましたが、修道士達は追い払われ、修道院は国家資産として2つに分割。1796年に競売に出されて売却されました。現在でも2つに分割された修道院の所有は別々のままで、個人所有のサント=マリー修道院は2004年からフランス天主の御母の教会参事会(chanoines réguliers de la Mère de Dieu)の修道院となっています。※その隣のラグラース修道院はオード県議会の所有物。

Dès sa fondation par Charlemagne, selon la légende, l'abbaye connaît la prospérité et ses biens s'étendent jusqu'à Saragosse en Espagne.
Ses prestigieux bâtiments ont traversé l'Histoire en des périodes d'essor politique et artistique mais, dès le 14 siècle, la guerre de Cent-Ans, puis au 16 siècle les guerres de religions et la pratique de la commende provoquent à nouveau une certaine décadence.
La Congrégation des bénédictins dite de Saint-Maur, fondée en 1618, a restauré, sous l'impulsion du pouvoir royal, près de 200 abbayes françaises entre 17 siècle et 18 siècle.
A la Révolution, l'abbaye compte encore 14 jeunes moines;ils quittent définitivement Lagrasse en août 1792. Devenue alors Bien national en 1796, elle est divisée en deux lots en vendue aux enchères. Cette division subsiste encore de nos jours. En 2004, la communauté des Chnoines Réguliers de la Mère de Dieu, avec les encouragements de évêque de Carcassonne, redonne à l'abbaye sa vocation de prière et d'accueil. La partie la plus ancienne est désormais propriété du Département de l'Aude.
by kyo_youpi2010 | 2016-05-23 19:06 | France | Comments(0)

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教会に大きなワイン樽がはめ込まれている...不思議な修道院

ヴァルマーニュ修道院:L'Abbaye de Valmagneはシトー会の修道院ですから質素なのがモットー。石材は土地から採れる石を使っています。12世紀、ゴシック様式建築の修道院が、ロマネスク様式教会の土台の上に建築されたと...もらったパンフレットに記載されています。
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ロマネスクですから多分10世紀~12世紀の間に建てられ、どうやらとても小さい教会だったようです。新たに建てられた教会の礼拝堂は巨大。その天井はものすごく高く驚くほどです。そんな礼拝堂には巨大なワイン樽がいくつも置かれていて、一瞬『えっ?』と思いましたが、これがフランス革命後の修道院の運命を象徴しているのかもしれません。
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礼拝堂から出て、祈り・瞑想の場であった回廊に行くと、差し込む光がやわらかくとてもきれい。
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回廊にある泉は心が落ち着き、この緑と水の美しい空間の説明書きは『洗面台:Lavabo』となっています。
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あら、泉-フォンテーヌじゃないのですね。なんでも修道院内の規定で食堂の正面には常に洗面所が設置されていたそうです。修道士たちはパンに触れる前、礼拝堂に祈りに行く前にここで手を清めたそうです。私達はこの泉(洗面所)でしばしスケッチ。
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そうそうここの敷地内にはレストランもあり、売店では修道院のワインも売っていました
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※※ヴァルマーニュ修道院の樽について
シトー派のヴァルマーニュ修道院は、いくつかの宗教戦争からフランス大革命まで散々な目に会います。つまり修道院は国に没収&競売にかけられて、グラニエ・ジョワユーズとかいう人物に売却されてしまいます。彼は礼拝堂をワイン蔵として使い始めました。彼の死後、相続問題で修道院は再びセリに出されます。1838年にテェレンヌ伯爵が購入し、のちに修道院は歴史的建造物に指定されました。現在もこの修道院やブドウ園など、すべて伯爵の子孫の個人所有になっています。絶えず修繕工事を続けたおかげで、フランスの修道院の中でも良い状態で保存されている建物の1つです。工事の収益目的として1975年から一般公開され、2012年からは礼拝堂を結婚式、コンサートなどに貸し出しています。

...suite a plusieurs guerres de réligions, elle fut malmenée jusqu'à la révolution(1789) ou elle sera requisitionnée comme bien national, puis vendue à un certain M. Granier-Joyeuse qui la transforma en Chais. A sa mort, suite a des problèmes d'héritage, elle fut a nouveau mis en vendre. Achetée par le Comte de Turene en 1838, elle fut aussitôt classée monument historique.
Actuellement ce sont les descendants du Comte qui en sont propriétaires, tout donc dans du privé. Cette Abbaye est une des seules a être si bien conservée grâce à des travaux permanents. Afin de rentabiliser les travaux, les premières visites eurent lieu en 1975. "
L'Eglise est louée pour des mariages, des concerts de musiques et des expositions en 2012.
by kyo_youpi2010 | 2016-05-21 19:20 | France | Comments(0)

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上の写真は駐車場へ行く道から見えたヴェルデュス:Verdusという小川の滝と右手にギョーム修道院。

ジェローヌ渓谷:le Val de Gelloneに中世の村サン・ギレーム・ル・デゼール:Saint Guilhem le Deserはフランスで最も美しい村の一つ。現在は270人ほどが生活しています。ユネスコの世界遺産に登録されているギョーム修道院は、10世紀からサン・ジャック・デ・コンポステール巡礼道の休憩地として重要な役目を果たし来ました。下の写真は村の建物・水場の『サン・ジャック』のシンボルマークのホタテ貝。
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さて、一般車両は村に乗入れ禁止のため、ジェローヌ渓谷道をのぼった村の中央広場近くの駐車場へ置き見学開始。村の広場に樹齢100年以上の大きなプラタナスが立ち、石造りの家、教会、修道院や美術館が広場を囲んでいます。
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村の細い路地のいたるところに水場や花があり、中世の村造りの面影が残っていてとても素敵!
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下の写真の村役場もかわいいですよね。
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上は村の路地から見たギョーム修道院。修道院横は現在美術館になっていて、ゴシック建築の回廊とロマネスク様式の彫刻が見学できます。村から少し離れた場所にエロー川に架かる『悪魔の橋:Pont du Diable』にも寄り、午後はピウレ・サン・ミッシェル・ド・グランモン:Pieuré Saint-Michel-De-Grandmontへ移動。
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上は悪魔の橋、下は新しい橋。
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※サン・ギレーム・ル・デゼール
地名のサン・ギレーム・ル・デゼールの『デゼール』は砂漠の意味ですが、804年にギレムが隠遁生活の地として選んだこの地は地理学的には砂漠とはほど遠く、ジェローヌ渓谷は真にオアシスのようなところです。
中世(5世紀~15世紀)に、大勢の隠修修道士達がエジプトの砂漠で隠修生活を送っていました。修道士達は『(エジプトの)砂漠は奇跡、徹底的な滅私の学び舎』と呼んでいたようです。
ギレームが死ぬまで隠修生活を送り、精霊の隠遁休息の場所となった村に『砂漠』と名付けられました。

Le Désert:Lieu de retraite spirituelle
Loin d'être un desert géographique, le Val de Gelloone traversé par le ruisseau Verdus est une véritable oasis, lieu de repos et de retraite que choisit Guilhem en l'an 804. Au Moyen-âge, le renvoie a ces moines qui peuplèrent au IV siècle les déserts d'Egypte et où débuta et rayonna le monachisme chrétien.
by kyo_youpi2010 | 2016-05-18 12:05 | France | Comments(0)

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ステンドグラスから差し込む光。
暗い修道僧の寝室の石を照らすその光景はハッとするほど美しい...。


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南仏プロヴァンス地方の三姉妹と呼ばれるシトー会修道院のうち、また訪ねていないル・トロネ修道院にやって来ました。
ここは1160年に建造が開始されました。修道院から近い採石場で石材を切りだし、粘土をこねて瓦をつくり、森林から材木を伐採するなど、すべてが修道院にかかわる人々による手作業で建てられたそうです。
死ぬほど苦しい作業だったのでは... 信仰の力ってすごいですね。
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さてさて、この修道院は建築家に高い評価を受けています。
なかでも、ル・コルビュジエ(Le Corbusier)がラ・トゥーレット修道院の設計に際し、この修道院を訪れて多大な影響を受けたことは有名。
簡素で純粋なフォルムが生み出すシルエットと空間が美しいと...。
※ル・コルビュジエ:上野の国立西洋美術館設計者

早速、修道院付属の教会から...。
教会中央に入口がないのは、巡礼者や信者を受け入れていなかったから。
左右に二つの入口は、左は修道士(助修道士)、右は修道僧。
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※修道士(助修道士):オリーブ油やワインを製造したり農業に従事。

修道院付属教会中央奥にある3つの窓は三位一体(父と子と聖霊)を表現しているそうです。
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左小聖堂天井には天使の絵。
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教会左手の階段を数段上って左手の小部屋は、修道院院長神父の寝室
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大きい広間は修道僧の共同寝室。ステンドグラスがはめ込まれた窓のまえに一人ずつ眠ったそうです。
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寝室から回廊上にあるテラスに出ることが出来ます。
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寝室中央の階段を下りると回廊。瞑想しやすいように壁は厚く、採光窓も飾りがなく簡素な造り。
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こちらは教会参事会室で修道僧たちが集まり話し合いをしたり、修道院長の選挙を行った場所。
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ここの天井にはヴォールト、柱には装飾。ゴシック建築の特徴です。
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参事会室に差し込む光が織りなす陰陽
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回廊中央の中庭内に建てられた洗手室。反対側に食堂があった。
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建物内の洗手礼用水盤
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一番奥に建てられた荒廃した別棟は、修道士(助修道士)のためのもので、1階が食堂で2階が寝室。
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今日は回廊に座って建物を閉館までスケッチ。
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昔は村から離れた静かな森の中だったのですが、森は切り開かれてブドウ畑やオリーブ畑が広がっていました...。

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by kyo_youpi2010 | 2014-06-24 21:09 | France | Comments(0)

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そろそろラベンダーの開花時期かしら~と思い、ちょっと出かけました。

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マルセイユの北・貯水池の近くにあるシルヴァカンヌ修道院:Abbaye de Silvacaneに寄り道。*地図の黄色★地点が修道院
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ここはシトー会修道院のの1つで、セナンク修道院、ル・トロネ修道院と合わせて『プロヴァンスの三姉妹』と呼ばれています。姉妹と言っても3つとも修道士(男性)のみの修道院ですけど...
聖ベネディクトが重んじる「労働と祈りの共同生活」が主体で、簡素で瞑想に適した建築が特徴だとか。
修道院付属教会は12-13世紀に建設され、不動産・動産などの提供のおかげで次々と施設を拡張していきました。
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礼拝堂から瞑想の回廊へ。瞑想しやすくアーチの壁の奥行きが深く造られています。
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フランス革命後の1790年、フランス全土の修道会は強制的に解散。教会に残った修道士は、ここで農業を営むようになります。
教会の小聖堂にはワラが積まれ、修道院の敷地は田畑と変わりました。下の写真から、教会の手前や右手の敷地が畑になっているのが分かります。オレンジの枠内には以前宿泊施設があった場所。
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19世紀末、家畜小屋と化した建物は修復されましたが、修道院としての機能は復活しないまま現在にいたっています。
マルセイユでも、ここは修道院としてよりも、毎年開かれるコンサート会場として知られています。

この後、南プロヴァンスの山間の村ヴィトロール:Vitorollesへ...。*地図の赤★地点がヴィトロール村。
ここは地元民より、パリジャンやイギリス人やドイツ人などお金持ちの別荘が多い村。
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下の写真はこの村の小さな役場。
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手描きのペイントでお化粧したポンコツ車(失礼!)
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ゴッホやセザンヌも描いた南プロヴァンスらしい糸杉を眺めながら、なんと2泊もしてしまいました。
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村の雑木林
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ところで、いまでは世界中で有名なブルゴーニュのロマネ・コンティの赤ワインですが、もとはと言えば修道院が開墾したのがはじまり。


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------モンマジュールの夕暮れ
by kyo_youpi2010 | 2014-06-18 19:49 | France | Comments(0)