旅行中のPhotoやお絵かきなどをアップするぞぉ~、なのでこのblogをスタート♪ パンとRoquefortチーズが大好きな私がご飯と魚を毎日食べたい相方と出会い、まずは2010年南仏でのバカンスから...


by kyo_youpi2010
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タグ:遺跡/Vestiges ( 18 ) タグの人気記事


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ヴィルルージュ・テルムネスの街を出発し、南に20km行ったキュキュナン:Cucugnan村の外れ、白い石灰質の岩肌を覗かせる小高い山(標高728m)に建つケリビュス城:Château de Queribusに到着。
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ここも数あるカタリ派のお城の中でも有名な場所の一つ。※さすが有名なお城だけあって、細い山道でも観光バスが上ってきます。駐車場はとっても広いのでまずは食事。
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1208年、ローマ教皇庁とフランス王フィリップ2世PhilippeⅡの連合軍『アルビジョワ十字軍:Croisade Albigeoise』が組織され、カタリ派討伐がはじましました。アルビジョワ十字軍に追い詰められたカタリ派の信者たちは、こんな険しい山の上に逃げ、彼らを擁護する領主の城に閉じこもり信仰を守るため最後の抵抗を試みたのです。

では、見学開始!!!

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by kyo_youpi2010 | 2016-05-24 19:49 | France | Comments(0)

リーニュ峠


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以前雑草が生い茂り手入れもされず見放されたサクランボ畑に来ました。驚いたことに桜の花が満開で、青空をバックに相方と写真を撮りまくりました!いやはやその美しさに感激~!!!。しかし数年前とは見違えるほど変わって除草されて整地&耕されています。またすべての桜が剪定されていたので相方とビックリ!『きっと所有者が代わったのね~』と話していました。
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念願の花見も出来て大満足。
またしばらく車で走ると左手にヴァントゥ山(※山頂の白いのは石灰岩)
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そして標高756mのリーニュ峠:Col de la Ligneに到着。今回立札もパチリ!
でもよく見ると『ペストの壁:Mur de la Peste』と書かれています。あのペストですか?
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...ネットで調べるとやはりあのペスト、黒死病のことでした。

1720年5月にアジアからの積荷をのせた貨物船舶がマルセイユ港に到着。船荷を取りに行きペスト菌に侵されたネズミの血を吸った蚤に刺された商人がペスト菌も持ち込み、マルセイユ市中はあっという間にペスト患者で溢れ、そして69日後の7月20日には南プロヴァンス地方の村々まで蔓延。これは大変だ!一大事だということで、ヴェナスク伯爵領(現在のヴォークルーズ)を守るため、小型の中国万里の長城もどき壁を石板を積んで設置。その長さは27kmにもなったそうです。※下の写真はそのペストの壁 wikipediaから転写
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1721年3月にはフランス王国領、アヴィニョン教皇領、ヴェナスク伯爵領への往来を制限するために公衆衛生区域を決定。デュランス川とヴァントゥ山の間にも石積みの壁を設置して昼夜監視。領地内の住民は周りの県との交流も断たれてしまったそうです。デュランス川、ローヌ川、ヴェルドン川など自然のバリケードがあり、さらに『ペストの壁』も設置したのにもかかわらず、ペスト病は約35km~50km/月のスピードで南プロヴァンスに蔓延。結局、マルセイユの人口の半分に及ぶ50000人が死亡し、南プロヴァンスと合わせると126000人もの死亡者を出したペスト病。

ところで、ペスト病に従事した医者を描いた版画が残っていて、彼らは奇妙な服装でくちばしのようなマスクも被っています。 ※下がその版画でwikipediaから転写
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当時、死体から大気中に出された臭気には、伝染病の原因『伝染毒』が含まれてると仮定されていました。『伝染毒』を遠ざけるために、木製マスクのくちばし部分に香りの強いラベンダー、ロースマリーなどの数種類の香草を詰めていたそうです。『ペストの壁』は長い間放置され、またイノシシに壊されていたのですが、現在6kmほどが修復されて地元のハイキングコースになっています。

桜の花見からとんでもなく違った方向に関心が向いてしまいました。しかしこの恐ろしい黒死病が日本では流行しなかったのは、やはり島国だったことと鎖国かしら?
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by kyo_youpi2010 | 2016-04-19 21:12 | France | Comments(0)

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ヴェゾン・ラ・ロメーヌ:Vaison-la-Romaineに来ました。ここにはローマ橋という名前の橋がウヴェーズ川にかかっていて、新旧2つのヴェゾン・ラ・ロメーヌの町をつないでいます。
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上の写真右手奥がローマ橋で2000年以上の歴史があり、戦争にも1992年の洪水災害にも耐えた強運の持ち主なのです。切り立った崖の上には中世の町が13世紀~18世紀にわたって栄え、トゥーロンの伯爵が建てたお城址も残っていました。下はローマ橋からの眺めで中世の鐘楼や教会などが見えます。
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路地を歩き回りました。
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下の写真はお城に向かう道。
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お城址からの眺めは良く、目の前に現在の町並みが見渡せました。
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ヴェゾン・ラ・ロメーヌの位置
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by kyo_youpi2010 | 2016-03-31 21:56 | France | Comments(0)

南仏の石積みの家


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南プロヴァンスのリュベロン地域と言えば、美しい村や可愛い村が点在するところ。美しいルールマラン:Lourmarin村、鷲の巣村で有名なゴルド:Gordes村、そしてラヴェンダー畑やセナンク修道院etc...人々を魅了する建物や自然が盛りだくさん。マルセイユからは90km北に位置し、日帰りでも観光可能な場所。

今回は日本でお馴染のプロヴァンスとは違った場所に行ってきました。

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by kyo_youpi2010 | 2016-03-29 23:41 | France | Comments(0)

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ピアッツァ アルメリーナ:Piazza Armerinaというシチリアの内陸部にある小さな町へ...。


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ピアッツァ アルメリーナの町を通り抜け、辺鄙な道を走って約5kmのところに、なんと4世紀初期に建てられた古代ローマの壮大な別荘:ヴィッラがありました。その広さ3,500平方メートル!
何故?どうしてこの場所に?...と大きな疑問符が頭の中に...。
実際に見学してみると、どの部屋の床も廊下も素晴らしい細密なモザイク画で埋め尽くされていました。
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12世紀以降、この別荘は無人になり人々から忘れ去られていたのですが、19世紀に柱が発見され本格的な発掘は1929年から、大規模な発掘は1950年代からで、現在は60以上の部屋が発掘・復元作業が終了。
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上は狩りの様子を描いたモザイク画。下は北アフリカで、象やラクダを捕まて船に乗せて運こぶ様子を描いたモザイク画。
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別荘には中庭、聖堂、食堂、居間、トレーニングルーム、サウナ、温泉などなど...。『10貴婦人の間』と呼ばれている部屋の床には、ビキニ姿の女性のモザイクが描かれていました。
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この時代の女性は、すでにビキニだったのですか!!! ダンベルを持つ女性もいて、その様子は今と変わらない。日本はまだ古墳とか飛鳥時代ですから驚きです。相方は『マチスもここに来て作品のヒントにしたのかなぁ~』などと言っていました。
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by kyo_youpi2010 | 2016-02-23 23:06 | Italie/Suisse | Comments(0)

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アーモンドの花が咲くアグリジェントの神殿の谷:Valle dei Templi。


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上の図は当時の様子を描いたもの。下が私たちが見学した遺跡見取り図
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アグリジェントには地中海世界屈指で最高傑作の古代ギリシャの遺跡『神殿の谷』に7つの神殿があり、柱の形から全てドーリア式建築:ジュノーネ神殿/ヘラ神殿 、コンコルディア神殿、ヘラクレス神殿、ゼウス・オリンピア神殿、カストル・ポリュデウケス神殿、ウルカヌス神殿、アウクレピオス神殿。それぞれの神殿には役割があり、式典用だったり病気を治す巡礼者達に使われたりしていたそうです。
入口から120mの丘を上ったところに建つジュノーネ神殿/ヘラ神殿遺跡を最初に見学。紀元前460年頃の建造物。カルタゴ人による放火と中世に発生した地震の被害で全壊し、今は25本の柱と柱の上の横部分のみが残っています。
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丘を下ってコンコルディア神殿に向かって行くと、崖沿いに城砦の壁がわずかに形をとどめています。
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その先には、城砦壁の一部とつながったお墓址が続きます。お墓の壁には色彩が施されていたらしく朱色が所々残っていました。
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遠くに見えていたコンコルディア神殿に到着。紀元前5世紀に建てられた神殿は保存状態がよく、一時期キリスト教聖堂として使われていたとか。
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さらに少し進むと『神殿の谷』で一番古いヘラクレス神殿があり、ここは地震で崩壊してしまったため8本の円柱だけでした※下の写真。
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ヘラクレス神殿から下っていくと、たくさんの柱が崩れていて何処を歩いて良いのか分からなくなり、一瞬迷子!
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なんとか、本来の道に出て橋を渡るとゼウス・オリンピア神殿の残骸と大きな『アトラス』が数体残っていました。
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上がゼウス・オリンピア神殿の一部で、下の写真がギリシア神話に登場する『両腕と頭で天球を支える神-アトラス』。右が頭部で左が足
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そして今回一般公開されている神殿では、一番突き当りにあるカストル・ポリュデウケス神殿に到着。
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ここのチケットに印刷されていた神殿で、現在はアグリジェントの象徴。d0167041_2225969.jpg
さっそく相方と1時間ほどスケッチ。ここまで1時間以上歩いていたのでそろそろ戻らないと...。ここは本当に素晴らしい場所。もしシチリア島旅行を考えている方はぜひ訪れてほしいです。夜はライトアップされるのでまたさらに幻想的かと...。

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上の地図は今回の行程図とアグリジェントの遺跡(※赤丸印)、その他の主な遺跡の場所(※緑丸印)

PS. 早朝のシャッカでは、wifiがあるカフェテラスを探して東京に連絡。すでに姉が税務署に電話をかけて詳細を聞いてくれていたので助かりました。カフェで必要な書類と写真をメールに添付して姉に手続きを依頼、感謝感謝です。そしてパレルモのカード引き落としの件も、今日・月曜日の朝(日本時間)になって、引き出されたお金が戻っていたのでひと安心。ふぅ~4日もかかって戻ったのぉ~と思ったけど土日を挟んでいたのね...。しかし焦りました。
by kyo_youpi2010 | 2016-02-22 22:53 | Italie/Suisse | Comments(0)

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レンタバイクでドンヴァンを出発し、凡そ26km走り中国国境近くの『国旗の塔:Lung Cu Flag Tower』を見学(入場料20,000ドン)※地図B地点。下は途中の景色
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※地図A地点:ドンヴァン、B地点:国旗の塔、C地点:モン王の館、D地点:メオヴァック

駐車場からは四国の金比羅さんを思い出すような、何段も続く階段を上ります。息を切らして塔の建つテラスまで上がると爽快!
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周りには段々畑が広がり、家々が点在していて、山々が幾重にも連なり良い眺めでした。中国との国境はどの辺りなのか全く分からなかったけれど、こうやって近くを見学できるのも2国間が友好であるおかげです。
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次に25km離れたサフィンの市場へもう一度...。
余談ですが、途中で見たモン族の家の造りには、日本の『うだつ』に非常に似たものがあるんですよ!
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うだつは日本固有の建築だと思っていたのですが、やはり中国から伝わったものなのでしょうね。下が長野県の家のうだつ
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話を元に戻し...、サフィン市場の横にある小高い丘のお城を見学(20,000ドン)※地図C地点
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ここはかって中国から渡ってきたモン族:H’mong(※中国ではミャオ族と呼ぶ)を統治していたヴォンチーシン王の館。造りは清(中国)の様式で建てられ、建築材料などはドンヴァンや中国雲南省から調達。
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彼は息子達や妃数人と暮らしていたそうです。第二次世界大戦ではヴォンチーシン王の孫が日本軍と戦い打ち勝ったということで、戦後ホーチミン大統領がこの孫のヴォンチーを招いて祝したのだとか。こんな辺境の地にも日本軍兵が戦いに来ていたとは驚きです。さてさて、2階の窓辺で涼をとりながら、しばし中庭をスケッチ。
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そして最後にメオヴァック:MeoVacまで行ってきました※地図D地点。途中の切り立った崖が連なる『マーピーレン峠』越えは見ごたえ&走りごたえ十分の素晴らしい場所で、ドンヴァン地域の醍醐味を満喫できました!
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こんな35度以上ありそうな斜面も畑にして耕していました
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※20,000ドンは約1USDです
by kyo_youpi2010 | 2015-04-13 19:20 | Asie du Sud-Est | Comments(0)

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29日にホーチミンを乗合バスで出発して8時間半かけてニャチャンに移動の予定が300kmの地点でバスのタイヤが爆音とともに炸裂。2時間後未だ解決策が見つからないバスを残してカナダ人家族とタクシーで150kmを走って夜の9時にニャチャンに到着しました...。下が私達のバス。新しいけれど気温31度での長時間走行はタイヤには過酷だったのか
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さて、ニャチャンは風光明媚なニャチャンビーチがおよそ7kmにわたるリゾート地。
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チャンパ王国時代には良質の漁港としてにぎわっていたベトナム中部の港町。
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沖には大小の島々が浮かんでいます
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フランス植民地時代はフランス政府の要人用のリゾートとして開発されたのがはじまり。今ここを訪れる観光客の大半は意外にもロシア人。レストランのメニューも土産物店もロシア語表記ばかりでした。
ニャチャンの名所はビーチの他にニャチャンの丘に建つチャンパ遺跡のひとつポーナガール遺跡。
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チャム族の神ポーナガールを祀ってあり、現存するチャンパ遺跡のなかでは最も古い祠堂がいくつか残っていました。※8~9世紀ごろの建築。ここからニャチャンの港をスケッチ。
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港近くの食堂で大ハマグリの酒蒸しを食べてホテルへ...。明日はホイアンへやはり乗合バスで移動します。

追記
ニャチャンは、1940年代日本軍が進駐していた時代にはナトランと呼ばれていたそうで、ベトナム戦争時代はアメリカ軍の軍港でアメリカではナトラング。
by kyo_youpi2010 | 2015-03-30 21:59 | Asie du Sud-Est | Comments(0)

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カンボジアのユネスコの世界遺産(文化遺産)であるアンコール遺跡群を代表するヒンドゥー教寺院建築に来ました。クメール建築の大傑作で、カンボジア国旗の中央にも描かれている遺跡です。広大な敷地なのでほぼ一日がかりで見学。
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西参道東側陸橋から入っていきます。この橋の南側半分は1960年代フランスにより修理され、北側は上智大学協力のもとカンボジアにより修復されたそうで、下の写真は上智大学の協力で修復された説明の立札をお坊様たちが熱心に読んでいる様子。
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第一回廊と第二回廊の間はプリヤ・ポアン(千体仏の回廊)と呼ばれ、精密なレリーフが延々と続いています。
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第三回廊と祠堂に上がることが出来ますが、階段が急で怖かった!ここからは周囲の伽藍とカンボジアの森林が一望できます。
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いたるところに王宮の舞姫を模したという多くの女神が彫られていました。
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見学者が触った胸などツルツルしています...
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こちらは東側から見た建物。こちらでしばしスケッチ...
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東側突き当りにある前庭南経蔵。
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この日は多くのお坊様たちも見学を兼ねてお経のを唱えに来ていました。若いお坊さんの手にはスマートフォンやiPad。う~ん時代を感じます。
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下の写真は全員でお経をとなえているところ
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さて明日はプノンペンへ移動です。
by kyo_youpi2010 | 2015-03-10 19:53 | Asie du Sud-Est | Comments(0)

アユタヤーでの4日間


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バンコクから北へ約80kmの町アユタヤー:Ayutthayaに来ました。チャオプラヤー川とその支流に囲まれた小島のような町は世界遺産-文化遺産に登録された古都。1351年に興ったアユタヤー王朝により繁栄し仏塔や仏像が在ったのですが、1767年にビルマ軍の侵略で多くの仏像の頭部は切断破壊されてしまったのです...
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1日目は手配したミニバスのとんでもないミスの連続で出発が3時間遅れ。なので、チャオプラヤー川の川べりに建つレストランで夕食をとり終了。
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2日目と3日目はレンタルサイクルで世界遺産巡り。
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4日目の早朝に列車で170km東北の町ナコーン・ラーチャシーマーに移動します。
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余談ですが、アユタヤーでは21日〜23日の夜の10:30まで、中国式の春節祭が繰り広げられ龍の舞や中国服を着た美女たちのパレードに爆竹と花火と大いに盛り上がっていました。
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新年を祝う提灯のゾウ
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そういえば中央線西荻窪南口のアーケイドにピンクのゾウの張りぼてがぶら下がっていたけど、今でもあるのかしら?
by kyo_youpi2010 | 2015-02-23 20:05 | Asie du Sud-Est | Comments(0)