旅行中のPhotoやお絵かきなどをアップするぞぉ~、なのでこのblogをスタート♪ パンとRoquefortチーズが大好きな私がご飯と魚を毎日食べたい相方と出会い、まずは2010年南仏でのバカンスから...


by kyo_youpi2010
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南西部 オロンゴの鳥人村跡


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島の南西部に向かうルートを走りました。
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072.gifRano Kau ラノ・カウ山
写真左手奥がラノ・カウ山
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ラノ・カウは、直径1600mの巨大な火口湖を持つ休火山です。
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ラノ・カウ山の中腹からハロンガ村が一望!
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072.gifOrongo オロンゴの鳥人儀式村
山頂付近のオロンゴの鳥人儀式村は、かつては聖域とされていた場所。
19世紀の終わりまで続いた鳥人の儀式のため、戦士が寝泊まりした石積みの住宅跡で、現在は53棟ほどが復元されています。
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住居の入り口は茶室のにじり口より小さく、這ってでしか中に入れない。その上、中は狭く、膝を抱えて座った状態で寝ていたらしい...。
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入り口が小さいのは、強風と敵から身を守るためだそうで、なんたって、この村には儀式に参加する敵も一緒に住んでいたのですから当然。
視界を遮るものがない断崖絶壁から海を見下ろすと3つの島が見えます。
手前からモトゥ・カオカオ島、モトゥ・イティ島、モトゥ・ヌイ島。
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ここ一帯の岩には、頭が鳥の鳥人やマケマケ神のレリーフが300点以上残っています。そのうち鳥人のレリーフは162個あることから、鳥人儀式は約162年以上続いていたものと推測されています。
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※1914年と2011年に撮影された同じレリーフの写真を見ると、風化が進んでかなり傷んでいる事が分かります。
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このまま野外に展示し続けるのも問題かもしれませんね。

『オロンゴの鳥人鳥人の儀式』について
17~18世紀に部族間の戦いでモアイ像信仰が衰退し、代わりに島の最高神であるマケマケ神への信仰で生まれたのが鳥人崇拝の儀式。
この頃の島は貴族、神官、戦士、召使の4階級からなる階層社会で、内戦により実権を握った戦士が始めた。
毎年7月から8月に伝説のマケマケが、新しい季節の到来を告げるためにの使者である渡り鳥:マヌタラ(グンカン鳥の一種)の来訪を待った。
鳥人儀式はマケマケ神の化身である鳥人「タンガタ・マヌ」を選ぶため。
各部族から選ばれた代理人:ホプマヌが、ラノカウ山の麓で崖登りや水泳の訓練を重ね、毎年、渡り鳥のグンカン鳥が渡ってくると、8月~9月に鳥人儀式を行った。
特別な食事に、全身泥を塗り、2km先のモトゥ・ヌイ島まで泳ぎ、島のグンカン鳥の卵を持ち帰り、最初に卵を受け取った部族長が、その年の実権を手に入れることができた。
この制度は、部族間の闘争に終止符をもたらし島には平和がおとずれた。
しかし、この儀式は1866年を最後に行われなくなった。

072.gifAnaKai Tangata アナ・カイタンガタ(食人洞窟)
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ラパヌイ語で「アナ:洞窟」「カイ:食べる」「タンガタ:人間」と言うので『食人洞窟』と名付けられたのですが、実際には人骨は見つかっていないので、オロンゴの儀式のために人選した洞窟という説が主流。
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波打ち際に大きく口を開けた洞穴に下りて行くと、洞窟内に500年前の鳥の壁画が残っていました。
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by kyo_youpi2010 | 2014-03-15 22:19 | Amerique-Sud | Comments(0)